I Love まりちゃん

2003年クリスマス企画

〜Present for …〜
前編




「はぁぁぁ…」

 あ、しまった。またやっちまった。

「直…。やっぱりおかしいよ。何があった?」

 かなり気をつけていたんだけど…。


 深夜の寝室。

 俺はまたしても知らず知らずのうちにため息を漏らしていた。よりによって、智の腕の中で。

「ほら、ちゃんと俺の目を見て」

 智の胸のあたりに埋めていた顔を、強引に上げさせられる。
 淡い間接照明に揺れる、智の心配そうな瞳。

「俺たち、隠し事はナシっていう約束だったろう?」

 って言うか。

「…隠し事、なんて大層な話じゃないんだけど」
「でも、直はため息をついてる。今夜何回目だか自覚ある? しかもこの状況で」

 ええと、『この状況』ってのは、ほら、その、あれだ。

 ベッドの中でパジャマを――それどころか実は何にも――着てない…っていう、そこそこせっぱ詰まった状況…で。


「俺としては、この状況でため息をつかれると、男としてのプライドに関わるんだけどな」

 なんて言いながらも智の瞳は優しくて。

 今の発言が冗談だって言う証拠に、智はそう言いながら俺の鼻先にチュッと一つ、優しいキスを落とした。

「直が元気でないと、心配なんだよ」

 今度は本当に心配そうな声。
 そして、言いながらギュッと抱きしめられる。

「もしかして、バイト先で何かあったりした?」

 あ、俺のバイトってのは小学生の女の子の家庭教師だ。
 すったもんだの挙げ句、漸く許してもらえたバイトなんだけど、運良くめっちゃいい家庭に当たったおかげで俺のバイト生活は絶好調。

「ううん。そっちの心配はまるでナシ」
「じゃあなに?」

 …仕方ない。この際言っちまうか。 本当なら、助言をもらう相手としては一番いいはずなんだし。

 そう、大学生活も順風満帆。バイトにも恵まれて、絶好調であるはずの俺の目下の悩みはこれ。

「クリスマスプレゼントなんだけどさ」
「クリスマスプレゼント?」
「うん。何を贈ればいいのか全然わかんなくて」
「誰の?」
「おとうさん」
「…親父?」
「うん」

 俺が頷いた瞬間の、智の『イヤそう』な顔ったら。



 そもそも俺が僅かでもいいから自分で稼いだお金が欲しいと――つまりバイトを始めたいと思ったのは、こういう時のためのものなんだ。

 春におとうさんの籍に入って正式に前田家の次男になった俺は、もちろん経済的になんの心配もない状況――それどころか甘やかされまくってる――ではあるのだけれど、やっぱり『贈り物』ってのは、自分の力でしたいから。


「だってさ、去年のクリスマスは、俺たち婚約していたとはいえ、親に言えない秘密を抱えてひたすら春になるのを持ってたじゃん。だから何にもできなかったろ?」

「そりゃまあそうだけど」


 でも、智は結婚して以降、俺の親父とお袋に誕生日だとか母の日だとか父の日だとか、イベントの度になんだかんだとプレゼントを贈ってくれてるんだ。俺には何にも言わないけれど。

 そういう智の細やかな気配りってのは、気の利かない俺にはなかなか真似しがたいものなんだけど、見習わなくちゃ…とは思うわけだ。

 それに、多少『私的行動には問題アリ』のおとうさんではあるけれど、本当に俺を可愛がってくれてる…ってのが痛いほどわかるから、せめてこんな機会に感謝の気持ちを表そうかな〜…なんてさ。



 そんなわけで今年はちゃんとおとうさんに…もちろん親父にもお袋にも、クリスマスプレゼントを贈ろうと思ってるんだけど、いざ贈るとなったら何にしようか思いつかないんだ。

 うちの親父とお袋は何を贈っても泣いて喜びそうだから、それはそれでいいとして、問題はおとうさんだ。

 世界中を飛び回っているおとうさんに『珍しいもの』ってのはなさそうで、しかも身につけてるものは当然のように世界の超一流品ばっかり(らしい)。

 それこそ望めば何でも手に入るおとうさんに、何を贈ったら喜んでもらえるか…。

 で。さんざん悩んだ挙げ句が今夜のため息…ってわけだ。

 なにしろ日は迫っている。簡単に手に入るものならともかく、そうでないものならそれなりに準備の日にちは必要だしな。


「それにしても、『あの』親父のプレゼントねぇ…」

 智は俺を胸に抱き寄せたままでため息をついた。まるで俺のため息がうつっちゃったみたいだ。

「智はいつも何してるんだ?」
「ん?何にもしてないよ」

 え?

「マジ?」
「うん。秘書さんたちにはずっとしてきたけど、親父にはなんにも。第一、あの人がクリスマスにうちにいるってことなかったしさ」

 …そういえば俺たち、クリスマスって毎年誰かのうちで騒いでたっけ。同級生とか先輩とか…。


「そういえば、今年は正月にも帰ってこられなかったよな」

 智は小さい頃からずっとそんな生活だったんだってのは、今年になってから第1秘書の小倉さんに教えてもらったことだ。

 俺のちょっぴりしんみりしちまった声に気づいたのか、智は俺をギュッと抱きしめながら殊更明るい声で言った。

「そのおかげで直と二人きりの楽しいお正月が過ごせたんだけどね」

 今年も二人で過ごそうな〜…なんて、おとうさんの存在をまったく無視した発言をくっつけた智に、もちろん俺は言えない。

 ついこの前、第2秘書の長岡さんから『今年はまりちゃんと楽しいお正月を過ごすんだって仰って、年始の休暇を確保すべく、会長は今のハードスケジュールに耐えてらっしゃるんですよ』なんて言葉を聞いたのは。



「と、ともかくさぁ」

 慌てて話題を逸らす俺に、特に不審な顔も見せず、智はまた俺をふわっと抱きなおした。

「問題は目の前に迫ったクリスマスだ」
「ああ、そうだっけ」
「ネクタイ…なんてあんまりにも月並みすぎるかなぁ」

 スーツなんてとってもじゃないけど買えないしさ。

「月並みなんてことはないと思うよ。そもそも直が贈るものならなんでも喜びそうだし」

 そう。それが問題なんだ。俺が贈るものなら無条件…ってのにあんまり甘えたくないんだよな。

 だってせっかくのプレゼントだもんな。本当に喜んでもらえるものとか役立つものとか贈りたいじゃん。


「…あ、でも…」
「…なに?」

 言い淀んだ智に、俺は先を促す。

「そういえば、長岡さんが言ってたっけ。クリスマスとかバレンタインとか誕生日とか…世界中の支社から送られてくるプレゼントのナンバー1がネクタイだって」

 げ。それって、もしかしなくてもとんでもねぇ数じゃんか。

「だいたいMAJECでは『上司への贈り物』ってのは禁止してるんだけどね」

 へ?

「じゃあ、そんなことしちゃダメじゃん」

「うん。だから、みんな匿名で送ってくるらしい。身元が知れると『お気持ちだけいただきます』って手紙つきで送り返されるからって。だから『危険物チェック』の経費が一段と嵩むんだって、秘書さんたちがこぼしてた。しかもいくら通達してもこればっかりは効果がないんだって」

「…ふうん。でも…」

「でも?」

「それってそれだけおとうさんが社員さんたちに愛されてる…ってことじゃないのかな。匿名ででも、禁止されてでも何かを贈りたい…なんてさ」


 智を見上げながら俺がそういうと、『まあ、あの人はそういうところに抜かりはないからな』なんて答える。で、その表情が言葉とは裏腹にちょっと照れくさそうだったりして、なんか可愛いな…なんて思っちゃうわけだ。

――実際に『可愛い』…なんて言おうものなら、どんな目に遭わされっか、考えただけでもオソロシイけど。



「そうだ、直。明日ちょっと本社を覗いてみるか?」

「え?」

「こういうのは俺よりも秘書さんたちの方がずっとよくわかってると思うんだ。なんてったって、誰よりも一番長い時間を一緒にいる人たちだから」

「あ、なるほど」



 でも、秘書さんたちっていつもめちゃくちゃ忙しそうにしてるけど、お邪魔なんかして大丈夫かな。

 …って、俺は智に聞こうとしたんだけど……。


「というわけで、この話は終わり」

 いうなり智は俺に覆い被さってきた。

「…え? ちょ、ちょっと…」

 ま、まさか、第3ラウンド突入っ?!

「ま、待てってばっ。明日っ、本社に行くんだろっ」
「そんなの終業時間頃に決まってるじゃないか」

 にっこり笑って智が言う。

「大学も休みだしな。午前中はゆっくりできるから、心配いらないよ、直」

 なっ、なんの心配…っ……なんて、今さら聞くまでもないんだけどっ。

 それにしても、いくら今夜3回目とはいえ、いきなり足を抱え上げてこの体勢だなんて反則じゃ…っ。

「んー。すごいな、直。もう元通りだ。きついな」

 なっ、なんの話だっ。どこがキツイってんだっ。

「では、最初のキスからもう一度ということで…」

 ちょっと待てっ。まさか、今からまたフルコースってかっ?

 思わず腕を突っ張って智の胸を押し戻そうとしたんだけど、その前に俺は敢えなく抱き込まれて、とんでもなく柔らかくて優しいキスを受ける。

 …ったく、これが智のオソロシイところなんだよな。

 いきなり濃厚なのをお見舞いされたら俺も思わず暴れちまうところなんだけど、こんな風に優しすぎるキスをされちまったら…。

「…なお…だいすき…」

 …うー。その声も反則っ。

 で、仕方なく観念した俺は、『ちょっとは手加減…』って言おうしたはずなのに、この口からこぼれ落ちたのは、何故か『あっ、ん…』なんていう、赤面ものの声だったりして…。



後編に続く

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