15万記念夏祭り

〜浴衣〜智くん直くん、新婚さんの夏祭り





「ちょっと待てーーーーーーーーーー!」

 俺は包みを開いてそう叫んだ。

「ともっ、こ、これは…」
「うわぁ、可愛い〜。直、絶対似合うよ、これ」

 出てきたのは、白地に真っ赤な金魚の柄の……そう、浴衣と、真っ赤な帯、及び紅い鼻緒の下駄、ご丁寧な事に浴衣と同じ柄の巾着袋…。

 見事にコーディネイトされたこれが、当然『男物』であろうはずがない。


 事の起こりはこうだ。

 今年の春、俺たちが結婚式を挙げた、あの神社の夏祭りに、智が行こうと言いだした。

 もちろん、お祭り騒ぎが大好きな俺に異存のあるはずがなく、喜んで『行く!』と言ったんだけど、『じゃあ、浴衣を揃えておくな』と智が言った時に、俺は気づくべきだったんだ。

 こうなることを…。

「これ、買ってくれたのって…」
「ん?ああ、親父に『俺と直の浴衣が欲しいんだけど』って言っておいたんだ」

 智…。それって、確信犯だよな…?
 普段のお前って、おとうさんに頼み事なんかしないじゃないか。

 でも、待てよ…。

「でもさ、智。これ誰が着せてくれるんだよ。俺、こんなの着たことないぞ。まさか、これだけのために敦のねーさん呼びつけたとか言わないよな?」

 だってさ、あと30分ほどで出掛けようかってとこなんだから。

「まさか。そんなことしないよ」

 智は狼狽えるでもなくニコニコと笑っている。

「俺が着せてあげるんだから」

 …は?

「俺が…って、ままま、まさか」

 智が?!

「さ、直、シャツ脱いで」
「ちょっと待てよ!お前、着付けなんてできないだろっ」 

 そう俺が叫ぶと、智は人差し指をチッチッチと振った。

「この前、敦のお姉さんに習ってきた」

 にゃにぃぃぃ〜?いつの間にっ!

「前期の最終日にさ、2つ試験があって、その間って時間空いてたじゃないか。その時にちょっと行ってきたんだ」

 そう言えば1週間ほど前、前期試験最終日、普段は絶対俺の傍を離れない智が、その時に限って1時間ほど消えてたっけ…。で、その間何故か俺の傍には敦が張り付いていて…。

 てことは…。

「まさか、敦もグル?」
「協力者と言いましょう」

 な〜にが、協力者だっ!
 だいたい、1時間習ったくらいの付け焼き刃で、浴衣なんか着せられるようになるもんかっ。

「ちょっと、直、回って」

 へ?
 ぷんすか怒ってるうちに、服を脱がされ、浴衣を着せ掛けられ、紐だのタオルだのが登場して、クルクルと2回転させられて…。

 あ、あれ?あれれ…?

「さ、出来た」
 出来たぁぁぁぁぁ?

「やっぱり、めちゃめちゃ可愛い…」

 俺は怪しい目つきで見つめてくる智の視線を振り解き、玄関の姿見に走った。

 そこには…。

 金魚柄の可愛い浴衣を、きちんと着せられた俺の姿が…。帯もきちんとリボンになってやがる…。

 智が何やらせても器用なヤツだってこと、忘れてたぜ…。

 鏡の前で呆然としている俺の前に、智がやってきた。

「さ、行こうか」

 おい…。どうしてお前だけ…。

「なんでお前はちゃんとした男物の浴衣なんだよ」

 しかも、超絶かっこいい…。

「さあ?親父に任せといたからなぁ」

 こいつ…しらばっくれやがって…。

「でもさ、俺が金魚柄なんか着たら不気味で見てらんないと思うけど」

 そうじゃねーだろっ!

「俺もそっちがいい」

 俺が智の浴衣の袖を引っ張ってそう言うと、智は少し笑って身体をかがめてきた。

 軽く触れる、唇と唇。

「直はサイコーに可愛いからいいんだよ」

 み、耳元で囁くなっ。

「さ、早く行こう」

 そう言って智は俺の手を引いた。

 ともぉ…お前ってやっぱりおとうさんにそっくりだよな…。

「なに?」

 顔を見上げた俺に、智は優しい笑顔を向けてきた。

「いえ…なんでもありません」

 こんな事言ったら、俺、また今夜寝かせてもらえないからな…。




 電車で二駅。
 駅前から、そこそこの人が神社に向かって流れている。

「これくらいだと混んでもいないし、寂しくもないしいいよな」

 智が言う。俺の手をしっかり握ったままで。
 まあ、確かに俺がこういうカッコをしてると、人前でも堂々と手を繋いだり出来るわけだし…。

 仕方ない…。今夜は諦めてやるか…。
 そのかわり、全部智に奢らせてやる。

「なあ、智。俺、あれ食いたい」

 参道の縁日にさしかかった途端に、俺は見るものを片っ端から智に要求してやった。

「はいはい」

 呆れた口調でも、智は嬉しそうに何でも買ってくれる。 

 綿菓子、リンゴ飴、焼きそば、焼きトウモロコシ、かき氷、いかせんべい、どんぐりあめ、焼き鳥、たこ焼き…。

 最近は、『ベーコンマヨネーズたい焼き』なんてのもある。これって、たい焼きの中身が『ベーコンと卵とマヨネーズ』なんだけど、結構いけるんだ。

「直。そんなに食べて大丈夫?」
「…俺がこれしきで腹壊すと思う?」
「…思わない」
「よろしい」

 さて、ひとしきり食ったあとは遊ぶっきゃない。

「智、金魚すくいやろ〜」
「はいはい。でも、その前にちょっと…」
「ちょっと?」
「こっちおいで」
「へ?」

 智は俺の手を引いて、どんどん神社の奥へ入っていく。

「どこ行くんだ?」

 縁日の喧騒がちょっとだけ遠くなる。

 大きな杉の木の陰で、智はいきなりキスをしてきた。

「わっ!なにするんだよっ、ともっ」
「だって、直。口の端っこにソースつけてるから……」

 クスクス笑いながら、智はもう一度、俺の唇をペロッと舐めた。

「そ、それならハンカチがあるじゃんかっ」
「舐めた方がはやいもん」

 お前、それは屁理屈じゃねーか?

「それとも直は、縁日のど真ん中で舐められたい?」

 こ、こいつは〜。
 ベシッと一発胸を殴ってやったけど、智は全然堪えてない。
 堪えないどころか、今度は明らかに違う目的…。そう、俺をギュッと抱きしめてきたんだ。
 俺がジタバタもがくと、智はさらに腕に力を入れてきた。

「せっかく着付けまで習ってきたんだし…」

 は?
 それが何か……って、まさか、お前…。

「智…。もしかしてお前がわざわざ着付けを習ってきたのって…」

 イヤ〜な予感の俺に、智はニッコリと笑った。

「直にしては、いい感してるな」

 ま、まさか…。

「どこで脱いでも、また着せて上げられるし」

 うわぁぁぁぁぁぁ!!!

「い、家まで我慢しろよっ」

 きゃ〜v 智くん、ケダモノっ!!

 く〜。なんでこんな情けねぇこと言わなきゃなんないんだよ〜。 

「これは別に我慢とかそういうんじゃなくってさ〜」

 そう、智くん、最初からそれが目的…・?
 もう、パパのDNA丸写しなんだからぁ。


 うわぁぁぁん。智くん、もうあっちの世界に入ってる〜?

 智の手が帯に掛かって、『もうダメだっ』と思ったとき…。

 さらに奥の、暗いところから、「いいじゃんか〜。やらせろよ〜」って声が…。

 へ? 
 さすがの智も、ピタッと手を止めた。

「やめて下さい!離して!」

 !!女の子の声だ!!

 俺たちは慌てて声のする方を向いた。
 そして、かなり暗い中、声を頼りに行くと…。

「誰か!助けてっ!!」

 せっぱ詰まった女の子の叫び声!

「ともっ!」

 俺がそう言って智を見上げると、智は『仕方ない』とばかりに肩を竦めた。

「お楽しみのお邪魔をしてくれた分はお返ししないとね」

 そうこなくっちゃ!



「その手、離してやれよ…」

 智が威圧感たっぷりに、低い声で言う。

 見ると、いかにもって感じのちんぴらが二人、可愛い浴衣姿の女の子を小突いている。

 ふっ、サイテーだな、自分がモテないからってさ。

 ちんぴらは智の声に反応して振り向いた。

「なんだよ、にいちゃん。ちょっと見た目がいいからってスカしてんじゃねーよ」

 おっ、認めたな。智のかっこよさを。

「カワイー彼女つれて、いいカッコしようってか」

 ……なんだとぉぉぉ?

「へぇ〜。こりゃまたいいじゃねえか。ねーちゃん、そんな優男ほっといて、俺たちといいコトしよ〜ぜ〜」

 ぶちっ…。

 あ、これは俺がキレた音だ。

「なお…今、キレただろ」

 耳元で智が言う。

「当たり前じゃねーか」

 これがキレずにいられるかってんだ。

「バカなヤツらだよな…。直をマジギレさせて無事だったヤツいないのにな〜」

 智がブツブツ言ってると、気の短いちんぴらが(気の長いちんぴらって間抜けだよな)、焦れて大声を上げた。

「てめえ!何ブツブツ言ってやがんだっ、おいっ、さっさとやっちまおうぜっ」
「おうっ、半殺しにして目の前でカワイー彼女、ヒーヒー言わせてやるっ」

 ぶちっ…。

 あ、智がキレた…。
 知らね〜ぞ〜。智がキレたら陰険だぞ〜、きっと…。 

「直…。好きに暴れていいからね」
「おうっ、任せとけ」

 バカなちんぴらは、雄叫びを上げて、二人して一斉に智だけに殴りかかってきた。

 まるで俺なんか眼中にないんだよな。
 ま、こんな可憐な姿じゃしかたないけど。

「きゃぁーーーーーー!」

 女の子の悲鳴が響く。

『ドスッ』

「ぐえぇぇぇ…」

 あ、『ドスッ』ってのは俺の膝蹴りが『ちんぴらその1』の腹に突き刺さった音ね。
 で、「ぐえぇぇぇ…」ってのは、そいつが地面に沈んだ音。 

「えっ」

 一瞬呆気にとられた『その2』は、智のパンチをモロに正面から浴びて、仰向けにぶっ倒れた。

「…なんだ。もう終わりかよ…」

 つまんねぇの。やっぱよく吠えるヤツって弱いな〜。
 見おろすと、俺が沈めた「その1」がうつろに目を開けて呻いた。

「こ…この…」

 なんだとぉ…?

「まだ言うかっ!」
「ぐはっ」

 あ、これは俺が下駄で「その1」の顔面を踏みつけた音だ。
 紅い鼻緒がなんだか可愛いや。 

「あ、それおもしろそう」

 智がマネをして「その2」の顔面を踏んづけた。

「ぐふっ」

 どっちも下駄だから、スニーカーよりダメージは大きいだろうけど…。

「智、ちっとは手加減してやれよ。お前の方が俺より重いんだから」

「わかってるって。顔に恥ずかしい青あざがつく程度だよ」

「あははっ、顔面に二本筋だって〜。おっかし〜。間抜け〜」

「ま、このあたりで勘弁してやるか。これ以上は過剰防衛になりそうだからな」

「そうだな」

 俺たちが足をどけると、二人は自由にならない身体をムリヤリ起こして、まるで幽霊でも見るように俺たちに目を向けた後、怯えた声をあげながら転がるように逃げていった。


「一発でケリついちゃったな〜。手応えねぇの」
「久しぶりに暴れようと思ったのにね」

 智が俺の肩に手をまわしてきた。すると…。

「あの…」

 ん?ああ、絡まれてた女の子たち、まだいたのか。さっさと逃げりゃいいのに。 

 カタカタと下駄を鳴らして駆け寄ってきた二人は、中3か、高1くらいの感じだ。

「ありがとうございました」
「私たち、参道で『ぶつかってきた』とか絡まれて、ムリヤリ引っ張ってこられて…」

 二人はまだ、少し怯えた顔をしていた。可哀相に。怖かったろうな。

「もう大丈夫だから。気をつけて帰るんだよ」 

 そう言って、にっこりと笑った智に、女の子たちは見惚れてボーッとした顔を向けて…る、はずんなだけど…。普通は…。

 あれれ?視線を向けられたのは俺だ。

 背の低い方…俺より10cmほどチビかな?…の女の子も、背の高い方…悔しいことに、俺よりデカイ…の女の子もジッと俺を見つめている。

 ま、まさか…。俺…女装のヘンタイと思われたとか…。

「あ、あの…。素敵でした…。お姉さま

 は?
 お、おおお、おねえさまぁぁぁぁぁぁ?

「また、会ってもらえませんかっ?」
「あのっ、携帯の番号教えてください!」

 ひ…こ…コワイよぉぉ…。

「あのさ、悪いんだけど、この子は俺の奥さんなんだ」

 智が横から俺をグッと抱き寄せた。

「えっ?!」
「お姉さまっ、人妻なんですかっ?」
 
 や、やめろ〜。そのお姉さまっての〜。

「だから、ごめんね。君たちとは遊べないんだ。じゃあね、気をつけてお帰り」

 怯えて竦んでしまった俺を、抱えるようにして智が歩き出した。

 う〜、ちんぴら相手の方がマシだったよぉぉぉ…。
 


END


百合族のアイドル誕生(笑)
ペロさま作の『まりちゃん、金魚の浴衣』もみてねv

まりちゃん目次HOME




かき氷、食べてねv