「I Love まりちゃん」外伝
羨望の33階
〜5〜
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「あ、淳くん、室長から伝言」 僕と入れ替わりにお昼休みに入る佐保さんが、戻ってきた僕に声を掛けた。 「あれ?なんか顔色悪い?」 「あ、いえ、大丈夫です」 慌てて取り繕うと、佐保さんは『ふうん』と言って僕をジッと見上げる。 さっきのあいつに負けないくらい――いや、実際佐保さんの方がかなりポイントは高い――可愛いらしいその面立ちに似合わず、佐保さんはさすがにここMAJECの秘書らしく、洞察力に優れているんだけど、それ以前に僕が相変わらずすぐに顔に出てしまう質なのが問題なんだ。 はぁ…ダメだな、こんなんじゃ…。 「あの、佐保さん、僕に伝言って…」 室長、出かけたのかな? 「ああ、ごめんごめん。室長ね、今日から研修に入った…ほら、例のCaltechからやって来た新人を連れて、研究所へ行っちゃったんだ」 「え?」 そんな話、聞いてない。 「でも、室長はこれから定例会議のはずで…」 「ああ、それ。5分ほど前に連絡があったんだけど、会長のお帰りが遅れるんで中止になったんだ。で、室長の身体が空いたってことで、新人を連れて研究所へ挨拶にってことに…」 …さっきのあいつと…。 女の子も真っ青の可愛い顔に、挑戦的な色を浮かべた瞳がミスマッチだったあいつの表情が僕の脳裏を過ぎる。 「で、肝心の伝言だけど…」 「あ、はい」 「待っててくれ…って」 言って佐保さんはニヤッと笑う。 「なるべく早く戻るからって」 うふふ…と笑う佐保さんは、妙に色っぽい。 「なんだか楽しい話がありそうだよ?」 「え?」 楽しい話? 「えっと…なんでしょう?」 「それは室長から直接きかないとねー」 さて、昼休み昼休み〜♪…と、何だか妙な節をつけて佐保さんは秘書室を出ていった。 なんだろう? 「淳くん〜、帰ってきたのなら、悪いけどこれ手伝って〜!」 「あ、はい!」 隣の小会議室から聞こえてきた春奈さんの声に僕は慌てて振り向いて、どうせ今夜にはわかることだからと、午後の仕事に向かって気を引き締めた。 …のに。 午後6時。 待っていた僕の携帯に室長からかかってきたのは『すまない、帰れなくなった』って内容だった。 電話の向こう側は妙にざわざわしていて、すでに室長が研究所ではないところにいるのだとわかる。 『甘木くんにも謝っておいてくれ』 今夜の約束が反故になってしまったことを謝罪する室長の言葉。 「…はい、伝えておきます」 知らず沈んでしまった声に、室長が『淳?』と心配そうな声を出し、またしても『すまない』と謝られてしまった僕は、慌てて 「いえっ、気にしないで下さいっ、また明日っ」 と、異様に元気な返事をしてしまった。 『あ、ああ、また明日』 その声を聞いて僕が、未練と一緒に携帯の通話を切ろうとした瞬間、僕の耳が、室長の背後の音を拾った。 『和彦さ〜ん!早く〜!』 え…?…と思ったときにはもう、通話が切れていた。 あの声は…もしかして…。 「淳くん、どうしたの?室長、なんて?」 春奈さんの声に、僕はやっと我に返った。 「…室長、帰れなくなったって」 「あら。残念。じゃあ二人で行こうか」 「そうしよう…」 「ふふっ、悪いわねー、私と二人だなんて〜」 ちっとも悪そうでなく、そう言うことを言うところが春奈さんの面白くてつき合いやすいところで…。 「元気だしなって。明日になったらまた会えるんだからさ」 バシッと一発背中を叩かれて、顔をしかめる僕をものともせずに引きずっていく春奈さんの、こんな言葉に僕はいつも助けてもらってるんだ。 でも、それにしても…。 あの声は絶対あの新人――ルカ…だっけ――だった。 もしかして、二人でどこかへ行ったんだろうか…。 そして、その夜僕と春奈さんは、週始めだというのにかなり遅い時間まで行きつけの店に根を降ろしていたんだ。 だって、春奈さんが語ってくれる『初出張』のあれこれが、凄く楽しそうで…。 「まあ、仕事以外にも驚きの連続だったわよ」 「驚き?」 「うん、でもそれは淳くんの初出張までのお楽しみね。次は淳くんを連れていくって会長仰ってたから」 「え?ほんとにっ?」 「ほんとほんと。私が淳くんに嘘言ってどうするのよ。多分年内よ」 「年内〜?」 もう12月に入ってるんだから、もうすぐじゃないか! 「どう?楽しみ?」 「あ、うん。それは凄く楽しみだけど…」 でも、もちろん不安も大きい。 だって、世界的企業MAJECの会長のお供なんだ。 一旦外へ出たからには、『わかりません』とか『知りませんでした』とか『慣れてなくて』…なんて言う言い訳は一切通用しない。 秘書室内の仕事だけでも必死でこなしている状態で、果たしてちゃんとお役目がつとまるんだろうか。 「そんな顔しなくても大丈夫って」 春奈さんはまた盛大に僕の背中を一発叩いて、豪快に笑った。 そして、その時だけは僕も、昼以来――あいつに会ってから――の妙なもやもやを忘れていることが出来たのだった。 |
6へ続く |
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