「I Love まりちゃん」外伝

空飛ぶ33階
〜最終回〜





 3日間の予定を終えて、僕と和彦さんは成田へ向かう飛行機に乗っていた。

 で。

 行きの反動…でもないんだろうけれど、和彦さんはこれでもかって言うくらい僕を構い倒してくれて、世話をしまくってくれて、行きほどは空いていなかったビジネスクラスの中で、僕は嬉しいながらもちょっと焦ったりもしてたりして。

 そして10時間ほどのフライトを終え、無事に成田に到着。

 降機して税関を抜けたところで明るい声が掛かった。


「淳く〜ん!」

 呼ばれて振り返って見れば、そこにはCAの制服じゃなくて、お洒落な私服姿のアーニャ。

 一緒に食事に行ったときにも私服姿は見ていたけれど、あの時に比べればメイクもほとんどしていないみたいで、さらに若くみえて可愛らしい。

 …って、誰かに似てるような気もするんだけど。


「アーニャ! どうして?」

「同じ便に乗っていたの。乗務じゃないんだけどね」


 話によると、アーニャは僕たちがアメリカに滞在している間、もう一往復して、それから休暇に入ったんだそうだ。


「最初は1ヶ月の予定で北米路線に応援に来たんだけどね、思っていたより人員補充が早くできたから、1週間お休みをもらって、来週からまたヨーロッパ路線に戻るの」

「そうなんだ。お疲れさま」

「淳くんも出張お疲れさま」

 や、僕の出張は室長のおまけみたいなものだから…って、アーニャに説明するのもマヌケだよな。


「ね、淳くん、明日は休み?」

「あ、うん、休みだけど」

「じゃあ、遊びに行こうよ〜!」

 そ、それは嬉しいお誘いなんだけど、でも和彦さんとの約束が…。

 そ、それと、アーニャ、腕、離してっ。

 スルッと巻き付けられたしなやかな腕。
 
 ピタッと密着する身体に僕は焦った。

 恐る恐る振り返ってみれば、そこには仏頂面を通り越して、火の玉を背負った和彦さんが…。

「どういうつもりだっ」

 つかつかと靴音も荒く迫ってきた和彦さんの低い唸りに僕は思わず首を竦めて…。

「淳はうちの大事な人材だからちょっかい出すなと言ったはずだっ。だいたいお前は人妻だろうがっ」

 …へ? か、和彦さんっ?! 何言って…。


「いやあねえ。どういうつもりもこういうつもりもないわよ。MAJECの長岡さまは当エアラインのお得意さまですもの」

 アーニャは相変わらず僕の腕を絡め取ったまま、和彦さんの言葉にこれっぽっちも驚いた風もなく、それどころか目を細めてニヤリと笑ってる…。

 この2人…いったい…。


「だからって、何を気安く誘ってるんだっ」

「だって〜、紹介してって言ったのに、してくれないし〜」

「お前の『紹介』は邪な意味だろうがっ」

「いやだあ、失礼なんだから〜」

 アーニャの腕はますます僕に絡みついて、さらに頬までが僕の肩の辺りに張り付いて…。

 うわああああ。どどど、どうしよう〜!

 や、そうじゃなくて、『紹介』って何っ?


「だいたいね、せっかく偶然会えたってのに、紹介もしてくれずに知らん顔ってどういう事よ」

 アーニャがツンと顔を反らす。

 それがまた和彦さんを煽っちゃって…あああ…。


「お前がのっけから『営業用』の顔で現れるからだろうがっ」

「あったりまえじゃないっ。CAが機中でお客様に『営業用』の顔見せなくて、何見せるってのっ」

「淳にはデレデレしてたじゃないかっ」

「淳くんは友達だもの〜」

「さっきは『お得意さま』って言っただろうがっ」


 な、何、この不毛な『売り言葉に買い言葉』は。

 どうにもこうにも理解不能な2人のやりとりは、『鈍い』と言われた僕をしても、『過去にそういう関係だった』とは思えない雰囲気で、だから余計に僕は混乱してしまうのだけれど…。

 そして、続くアーニャの言葉に、僕の目玉は飛び出しそうになった。


「それとも何? 私と淳くんが知り合っちゃマズイことでもあるの? お兄ちゃん」

 ………。

 お、お兄ちゃんっ?!


「おいっ、秋葉っ」

 秋葉〜!? 

 秋葉って、秋葉って! アーニャじゃなくて、秋葉って!…って、確かに外国人に「あきは」って発音は難しいような気が…って、そんなこと言ってる場合じゃなくて!

 秋葉って、和彦さんの妹じゃないかっ! 
 でも、彼女は『小倉さん』ではなくて、『Ms.シュルツ』で……って。

 あ、そうか。確か結婚してるんだ。外国のエアラインのパイロットと。


 なんか…開いた口が塞がらない……。


「おい、淳?」

「あら、淳くん? おーい、帰ってこーい」

 アーニャ…じゃなくて、秋葉さんの手が僕の目の前をひらひらするんだけど、僕の意識はすっかり彼方へ飛んでいってしまったのだった。




 それから僕たち3人は、小倉家へ向かった。

 そこで、僕は秋葉さんから『現在に至る』顛末を聞くこととなった。



                   ☆ .。.:*・゜



 どうもここのところお兄ちゃんの様子が変だと言い出したのは、実は私ではなくて、ベルギー在住の妹、夏実だった。 

 ちょっとメールでの近況報告が遅れると、『大丈夫か?』だの『身体を壊してないか?』だのメールを寄越して来たくせに、ある頃を境に、メールが間遠くなったらしい。

 私は成田近くのマンションとフランクフルトのマンションの二重生活をしてるんだけど、すでに結婚して家庭を持つ身だから、兄はそんなに心配はしていないようで、メールも月に数回のやりとり程度。

 でも、大学を出てすぐにベルギー勤務になり、初めての独り暮らしと初めての海外暮らしを同時に始めた夏実のことはかなり心配をしていたから、メールでの近況報告は重要なものだったに違いない。

 それなのに、メールが間遠くなるとは…。


 スーパー秘書にしてスーパー主夫。
 私たち姉妹の自慢の兄は、仕事が忙しいにしても、そんなことで何かを忘れたりする人ではない。

 だから、もしかして、プライベートで夢中になるような何かが起こっているのでは。

 そう思ったのは、私だけではなく、夏実も冬那も…だったらしい。

 だから、いつも側にいる春姫に聞けば何かわかると思ったんだけれど、あの子ったら妙に思わせぶりな態度だけで何も教えてくれないのよねっ。

 これはもう、重大なプライベートの変化――そう、『恋人ができた』に違いない…と結論づけたわけ。

 でもね、一向に紹介してくれる気配がないわけよ。

 頼みの綱の春姫と言えば、何を聞いてもヘラヘラ笑うばっかりで教えてくれないし、挙げ句に『今年の新人秘書さんに、可愛い人がいるのよ〜』なんて、思わせぶりな情報だけ落とすのよ。

 まったくいつの間にあんなにしたたかな子になったのかしら。


 というわけで、私たち3人は『どうやらその新人の秘書が恋人ではないか』…と、あたりをつけてみたわけなんだけど、これがどうして、なかなかシッポが掴めない。

 で、そんなある日。

 私はフランクフルトへ向かう機中で、お得意さまの映画監督を見つけた。

 巨匠なのにとても気さくな方で、CAの間でもとても評判のいいお客様なんだけど、その監督の新作に、どういうわけだか春姫がちょこっと出るって聞いたのは去年のことで、これはちゃんとご挨拶をしておかなければ…と、乗務の合間にちょっと声を掛けさせていただいたの。

『妹がお世話になっております』と挨拶した私に、監督は『君が春姫ちゃんのお姉さんだったとは驚きだ』って仰って、『そう言えば目元がよく似ているね』って笑って下さった。

 で、その次の監督の言葉で、今度は私が驚く番になった。

『うちの息子は君のお兄さんにお世話になってるんだよ』って仰ったんだもの。

 話を聞けば、監督の息子さんは去年の春に入社したてのピカピカの新人秘書さん。

 そう言えば、春姫が思わせぶりに『新人秘書さん』と繰り返していたわね…なんて思い至った私は、直感で思ったのよね。

 これって…可愛い可愛い新人秘書って…、もしかして『彼』なのではないかしらって。

 そう、『彼女』ではなくて。


 もちろんそれをすぐに夏実と冬那にも報告した。

 で、お正月明けに集まった時には、『相手が『彼』だから、私たちには紹介してくれないのではないだろうか』という結論に達していたってわけ。


 ショックだったかって?

 そりゃ最初はね。
 まさかあのお兄ちゃんがオトコに走るとは夢にも思ってなかったもの。

 …ただ…女性と寄り添う姿…ってのもちょっと想像つきにくかったのは事実だけどね。

 まあそれはともかく。

 最初のショックなんて、春姫が見せてくれた写真で吹っ飛んだわ。

 どうよ、この可愛い坊やは…って、私と一つしか違わないんだけど。

 こんな可愛いボクが弟――えっと、兄の伴侶だから『義兄』?…うーんと……ええいっ、ややこしいから弟でいいわっ――になるなんて、超ラッキーじゃない?

 冬那なんて、最初は散々文句行ってて、もし本当に『彼』が相手だったら別れさせてやる〜…なんて息巻いてたクセに、写真を見た途端にコロリだもんね。

 夏実は冷静に、『とりあえず話を聞いてみないとね』って言ってたけど、やっぱり写真を見て超興奮。

 そして、その可愛い『彼』が、外見だけの人間じゃないのはもう、私がよく知っていて、今ではお兄ちゃんの『ラッキー』を喜んでいたりするわけ。

 もしくは、あんないい子を掴まえちゃうなんて、さすがお兄ちゃん!…って感じ?



                   ☆ .。.:*・゜



「だからねー、何とか口を割らせようと思ってたら、春姫がわざわざ淳くんの写真を持ち出してきたのよね。もう、これは決まりでしょ〜! とか思ったら、お兄ちゃんってば、売り言葉に買い言葉で『長岡には手を出すな〜!』…だもんね」


 か、和彦さん、そんな事言ったんですか…。


「で、結局口を割らせるどころか、正反対の結果になっちゃって、お兄ちゃんってば、もう全然その手の話に乗ってこなくなっちゃうんだもん。だから、冬那と彼氏に一芝居打ってもらったってわけ」

「おい、ちょっと待て。冬那のアレは芝居だって言うのか?」

「その通り〜。彼氏もノリノリだったし?」


 だったし?…じゃなくて〜!

 …いや、でも…。

 和彦さんが、妹さんたちに僕の事を言えなかったのは、僕が男だからであって、和彦さんが選んだのが女性だったら、こんなことには……。

 そう思うと、僕は申し訳なくてアーニャ…じゃなくて、秋葉さんの顔が見られなく……。


「しかたないだろう? お前たちが『可愛い』だの『紹介して』だの『乗り換える』だの言うから、俺は淳を出し惜しみせざるを得なくなったんだっ」

 はい? 出し惜しみ?


「やっぱりねー。そうじゃないかと思ってたの。そりゃあ、男同士だから多少のリスクはあるかも…だけど、よく考えたら、お兄ちゃんは、本当に好きになったらそんなことで縛られてしまうような質じゃないものね」

「…そ、そうだったの?」

 思わず口を挟んでしまったら、秋葉さんは、

「そうよ〜。昔から『思いこんだら一直線。信念は絶対曲げない』っていう暑苦しい性格してるもんね、おにーちゃん?」

 暑苦しいって……。


「えっと…その、僕は、妹さんたちに申し訳ないと思ってて…」

「何が?」

 …何が…って、そりゃあ…。


「あ、この際だから2人にはっきり聞いちゃうけど、もちろんこのことは相思相愛の結果ってことなのよね」

「当たり前だろう?」

 間髪入れず和彦さんが答える。
 そして、もちろん僕も頷いた。

「じゃあ、私たち姉妹は2人を祝福するわ。で、淳くんにお願い」

 一瞬耳を疑ってしまったくらい嬉しい言葉の後に、秋葉さんが姿勢を正した。

 つられて僕も背筋を伸ばす。

「小姑が4人もいて申し訳ないと思うんだけど、兄のこと、よろしくお願いします」

 深々と頭を下げられて、僕は慌てた。

「あ、秋葉さんっ」

「いやだあ、今さら〜。淳くんと私は義兄妹以前に友達なんだから、アーニャって呼んで〜」

「誰が友達だっ。あっこらっ、気易く触るなっ」

「なによ〜ケチっ。触ったって減るもんじゃなし」

「減るっ」

 …あの〜……。

「…えっと、秋葉さんは和彦さんの大事な妹さんだから、和彦さんと一緒の時にはやっぱり『秋葉さん』って呼ばせて下さい。でも、2人の時はちゃんとアーニャって呼ぶから」

「きゃ〜嬉しい〜。何か『特別』って感じ〜?」

「ちょっと待て、淳っ。何を甘やかしてるんだっ」


 ほとんどじゃれあいのような『兄妹喧嘩』に、僕は思わず笑ってしまう。

 本当に、仲が良いんだ、この2人は。

 不幸にもご両親を亡くされてしまったけれど、その後きっと、和彦さんと秋葉さんは、2人で力を合わせて妹たちを守ってきたに違いない。

 だから、僕はちゃんと言わなければいけないんだ。


「和彦さん」

 僕は、和彦さんの手を握った。そして、秋葉さんに向き直る。

「僕の方こそ、秋葉さんたちの『お兄ちゃんに素敵なお嫁さんを』…って言う夢を壊してしまって申しわけないと思っています。でも…」

 口を挟もうとした秋葉さんに、僕は笑ってみせる。

「僕はどうしても、和彦さんと一緒にいたいんです。和彦さんのパートナーでいたいんです。だからお願いします」

 僕は和彦さんの手を、思わずギュッと握りしめる。

「僕の想いを、許して下さい」

 頭を下げた僕の肩に、和彦さんの大きな手のひらが掛かる。

「淳…」

 言葉と同時に抱き寄せられた。

 …って、秋葉さんの前なんだけど〜!


「淳くん…ありがとう」

 ちょっと涙声に僕は驚いて、頭を上げて秋葉さんをジッと見てしまう。

「兄も…ううん、兄だけじゃなくて、私たちも幸せです。淳くんと巡り会えて」

「秋葉さん…」

「今度冬那と夏実にも紹介するからね。2人も喜ぶわ」


 …うわ、緊張するかも。

 でも、僕も会いたい。
 和彦さんですら、うっかり間違ってしまうこともあるくらいそっくりだという双子の才女たちに。


「よろしくお願いします」

 僕がもう一度頭を下げると、僕の肩を抱き寄せていた和彦さんが『…となると…』って呟いた。

「冬那の結婚話っていうのは実のところどうなってるんだ?」

「冬那が国家試験に通ったら…って話で2人はとっくに決めてるわよ」

「…なんだ…」

 心配して損した…と、脱力する和彦さんに、僕はホッとする。

 和彦さん、ずっと心を痛めていたから。

 まだ冬那さんには会っていないけれど、僕のことが彼女の障害にならないことを願うばかりだ。


「ところで、お兄ちゃんと淳くんの、この先の展望は?」

 唐突に秋葉さんが尋ねてきた。

「ずっと一緒…それだけだが?」

 当たり前だろう?…と言わんばかりの和彦さんに、僕はちょっぴり恥ずかしかったりもするんだけれど、それ以上に嬉しかったりもして。

 ところが、秋葉さんも。

「当たり前でしょう、そんなことは」

 じゃあ、何?

「じゃあ何だ」

 僕が思ったのと同じ事を和彦さんも問い返す。

「やあねえ。恋人同士の『この先の展望』と言えば、結婚式に決まってるじゃないの〜」

「結婚式〜?」

 あ、和彦さんの声が裏返った。これって超レアな瞬間だよな。

「そうそう、フランクフルトにね〜、素敵なウェディングドレスのお店があるの〜」

 …ふ〜ん……って、誰の、結婚式?


「淳くんね、結構身長あるから、パリコレのモデルみたいでカッコイイと思うの〜! ほら、パリコレって、よく最後にウェディングドレスが登場したりするじゃない? あんな感じになると思うのよね。うふふ」

 えっと、うふふ…じゃなくて。
 なんで僕が、ドレス?

「ちょっと待て。淳は立派な成人男子だぞ」

 そうだそうだ!

「ウェディングドレスより、白いタキシードの方がいいに決まってる」

 …………は?

「あー、それもいいわねー。でもフロックコートなんかも退廃的で素敵かも〜。当然お兄ちゃんは黒でしょ?」

「そりゃそうだろう」

 退廃的って……、そりゃそうだろうって……。

「だが、和装も捨てがたいと思わないか?」

「ああん、ダメよ。淳くんは絶対洋装の方が似合うって」

 …和装って………、洋装って………。

「やっぱりウェディングドレスが捨てがたいわね〜。で、ブーケはね、真っ白のカラーを10本ぐらい束にしたのが良いわ。あれって背が高くないと似合わないのよね。あと、ドレスのトレーンは絶対長くないとね。そうなると当然ベールは超ロングだし…」

「『トレーン』ってなんだ?」

「ドレスの裾の事よ。ほら、長く引きずるのあるでしょう?」

「ああ、なるほどな。確かにあれは綺麗だな」

「淳くん、似合うと思わない?」

 誰か…、誰か……。

「あら、淳くん。大人しいと思ったら固まってるわ」

「あ、おい、淳っ、大丈夫か?」


 誰か、この腐った兄妹を何とかしてくれ〜!



END



すみません。結局こういうオチでした…(滝汗)
なにせ、『まりちゃん@コスプレ小説』の外伝なもので…(冷や汗)

おまけ『双子 meets 淳くん』も覗いてみてね。

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