大学生編 第2回 まりちゃんの新歓コンパ

中編




 蔵原先輩のいるテニスサークルは、会員数30人強。
 結構な数だと思うんだけど、驚いたことに3・4年生がいないんだ。

 どうしてかって言うと、去年先輩が大学に入学してから仲間を集めて作ったサークルだったからなんだ。

 大学で『集まり』を作るのは勝手なんだそうだけど、それをきちんと『サークル』として『サークル連合』に登録してもらえるようになるには、かなり大変な事らしい。
 1年で認可が下りた例は過去稀なんだそうだ。

 で、やっぱ、先輩ってスゴイよな…って俺は思うわけだ。




「部室がもらえて、予算がおりて…か。たいしたもんだな」

 隣でポツッと智が呟く。

「先輩のこと?」
「そう」

 やっぱ、智も感心してるみたいだ。

「学内のコートが使えるってのも大きいよな」

 反対の隣で敦も言う。

「ま、いずれにしても、うってつけのサークルだよな、智」

 俺の頭上を通り越して、敦が智に話しかける。

「まぁね」

 智はコートを見据えたままで返事をする。

 うってつけ…ってなんのことだろう。
 俺はチラッと智の横顔を見上げるんだけど、やっぱり智の視線はコートの蔵原先輩に……じゃなくて、先輩にラケットの握り方を教わっている……瞳ちゃん…に釘付け? 

 …なんだろう、体の中が、ざわざわする…。






 で。

 結局その場にいたほとんどの新入生…15人ほどなんだけど…が、みんなサークルに入ることになり、詳しい話はこちらで…って連れ出された席はいきなり『新歓コンパ』だったりするわけだ。

 高校生と違って、大学生は行動力もあるし行動範囲も広いから、こういう話はすぐまとまってすぐ決行ってことになるんだな。

 連れて行かれたところは何の変哲もない居酒屋の奥の座敷。

 けれど、さすが蔵原先輩と言うべきか、ちゃんと宴会の前に『サークル規約』や『年間活動予定』なんかが配られて、綺麗なおねーさん(2年の法学部の人らしい)がいろいろと説明してくれたんだ。

 合宿やレクリエーション、ちゃんと試合予定なんかも入っていて、なんだか楽しそうだ。
 バランスの取れた活動って感じかな。

 あ、もしかして、さっき敦が智に言ってた『うってつけ』ってのはこういうことなのか。

 ふーん、さすが智だよな。ぬかりがないっていうか…。



 サークルは男女比ちょうど半分…より少し、女の人が多い感じだ。
 ここへ来る途中でずっと俺に話しかけてくれてた文学部2年の人は、『女はほとんどが「蔵原狙い」な』な〜んて言ってたけど。

 ユニフォームの申し込み説明が終わったところで真面目な話は打ち止めになり、場は一気に本物の『新歓コンパ』になる。 

 乾杯がすんだらその瞬間に席は移動し放題。

 あっと言う間に智は女の子に囲まれ、見てる間に瞳ちゃんは男性陣に囲まれてしまう。
 ま、わかるけど…。

 そして、俺の周りはと言うと、蔵原先輩が俺の隣にやって来たせいで、こちらも智に負けないくらい女の子だかり…ん?男も多いな…。なんでだ。



「君が直クンね」

 さっき、いろいろと説明してくれた人がにじり寄ってきた。俺はこの人を蔵原先輩の『彼女』と睨んでるんだけど。

「あ、はい、そうです」

 それにしても、なんで俺の名前しってるんだろ?

「いや〜ん、噂通りだわぁ〜」

 へ?噂?

「哲志ったらね、二言目には『まり、まり』ってうるさかったんだから〜」

「ま、まりじゃないですっ」 

 さっきは『直クン』って呼んでくれたクセに。

「きゃ〜!!」

 俺が死ぬほど嫌いなあだ名を否定した瞬間、周りから黄色い声が上がった。

「ほんとだ〜、『まりじゃない』だって〜。可愛い〜」

 な、なんなんだ…。

 俺は隣の蔵原先輩を見上げた。
 すると、先輩はなぜか照れたような顔になって…。

「哲志の言ってた通りね。ほんっっと、可愛いったら〜」

 せ、先輩…

「先輩…何言ったんですか…?」
「いや…別に」

 そう言いながら視線を泳がせるのがアヤシイ。
 先輩っていつもしっかり人の目を見て話すタイプだから余計にアヤシイ。

 で、先輩がなんとか話を逸らそうとしたところへ、別の女の人たちがまた、集団で割って入ってきた。



「哲志ったらね、この1年間、これでもかっていうくらいモーションかけられながら、誰にもなびかなかったのよね〜」
「そうそう、『俺、片思い中だから…』の一点張りでね〜!」

 えっ?先輩が片思いっ?!

「『振り向いてもらえるまで頑張るんだ』なんてね〜」

 そんな事ってあるのか〜?
 こんなかっこいい人が片思いだなんて、信じらんないぞ。

「しかも、『ふられるのが怖くて告白できない』…だもんね〜!!」

 その一言で、2年の女性陣は、店中を揺るがせるような笑い声で盛り上がる。

 うー、耳塞ぎたくなっちまった。

「ほんっと、哲志ったら、顔に似合わない純愛ぶりなんだから〜」

 言葉と同時に、音がするほど背中を張り飛ばされて、先輩は顔をしかめる。
 でも、全然反論しない…。

 ふぅん…先輩ってそんなに好きな人いるんだ。

 でもさ…。


「先輩…」

 俺が呼ぶと、なぜか先輩は目尻を赤くして『ん?』って言って、顔を寄せてきた。

 やだな。もう酔っぱらってんの?先輩ってば。

「先輩がふられることなんてないと思うけど…。思い切って告白しちゃえばどうですか?」

 こんなかっこよくて、優しくて頼りになる人って滅多にいないしさ。

 …って、なぜか俺と先輩の周りは急にシンとなった。
 智や、敦、瞳ちゃんのいるあたりはやかましいけど。
 先輩も固まっちゃってるし…。


「先輩をふるような、そんな人を見る目のない子だったら、やめちゃえばいいと思うし」

 言葉を続けても、やっぱり静かな、俺たちの周り。
 先輩は切れ長の目を、これでもかって言うくらい見開いてて…。


 唐突に誰かが『ぷっ』って吹き出した…。

「ぎゃははははっはっ!」

 今度こそ、ガラスも割れんばかりの笑い声が上がって、ちょっと離れたところにいた智たちまで、何事かと振り返る。

「哲志〜、チャンスだよ〜」
「あ〜、もう可笑しすぎるぅ〜」

 2年の先輩たちは、ハンカチで涙まで拭いてる。

 それ、あんまりやると、化粧剥げるよ…。
 俺、化粧してるときに目擦っちまって『あ〜!パンダになってるっ!』って、敦の姉さんに怒られたもんな。
 く〜、情けねぇ…。

 …にしても、なにがそんなに可笑しいんだろ?
 みんなして、蔵原先輩をさかなにしてさ。
 先輩が真剣なら、みんなで応援してあげればいいのに。

 何故か脱力して沈んでる先輩を、女性陣はさんざん小突き倒してから、『あっちのみんなに報告しちゃお〜』なんて言って、がやがやと席を移動し始めた。

「まりちゃん、哲志のこと、よろしくね〜」

 は?何で俺が?
 第一…・。

「まりじゃありませんっ」

 …つってんだろーがっ!!


「きゃはははは〜、かわい〜」

 って、俺は派手に抱きしめられて…。

 うぎゃー、顔中が柔らかいもので塞がれて、息が出来ねぇっ!

 ジタバタともがく俺を、誰かがグッと引っ張った。
 …智?…・と思ったら。

「やぁぁぁぁん、先輩ぃぃぃ。瞳の直くぅん、潰しちゃやですぅぅぅぅぅ」

 ひ、瞳ちゃん?

 な、情けねぇ、女の子に助けられるなんてっ。

「あなたも可愛いわね〜。まとめて抱きしめちゃえっ!」
「きゃぁぁぁぁぁ」

 ひー!やめてくれ〜。
 瞳ちゃんも、嬉しそうな悲鳴あげてんじゃねぇっ!!




 さんざんバストプレスをかまされて、息も絶え絶えになった俺に、『ほらよ』とグラスを差し出しのは…敦だ。

「あ、さんきゅ」

 受け取ってから俺は自然と智の姿を探してしまう。 
 けれど、相変わらず智は俺とは離れたところにいて、こっちになんて目もくれずに、取り囲んでいる連中とにこやかにご歓談なんてなさってやがる。


 なんだか…・やな感じ…。

 俺がギュッとグラスを握りしめると、今日一緒に入会した、高校からのダチが先輩に話しかける声が耳に入った。

 先輩は相変わらず俺にぴったりくっついていて…。


「先輩〜、智とまり、兄弟になったって知ってました?」

 え?おいっ、そんなことわざわざ…・

「へえ…。結局そう言う形になったんだ」

 …・はいぃぃ?
 先輩…知って…

「え?先輩しってたんすか?」

 俺の疑問を、周りが先に言ってくれる。
 でもって、驚くと思っていたはずの先輩の思わぬリアクションに、みんな肩すかしを食ったような顔をしてるんだ。


「おいおい、知ってたもなにも、ニュースにまでなったじゃないか」

 へ?何それ?

「えー!ニュースってなんすかっ?」
「お前たち、仮にも『経営』や『経済』の学生だろう?なのに、あのニュースを見てないとはいただけない話だな」

 ちらっと視線を投げてくる先輩は、めちゃめちゃかっこいい。
 さっき、小突きまくられて目尻を染めてた人間と同一人物とは、ても思えないや。

 でもって、周りの奴らは、話が見えなくて戸惑ってる。
 もちろん、俺もその一人だけど。

 そんな俺たちを一通り見渡してから、先輩は長い足を優雅に組み替えて、おもむろに口を開く。

「つい先月の経済ニュース。かなりでかく取り上げられてたぞ。MAJECが熱田光機を吸収したってのは」

 …あ、そういうこと。

 その言葉でみんなが俺の顔を見る。

「おい。まりの親父さんとこ、吸収されたのか?」
「うん、まあね。うちの親父ってば、てんで経営には向かなくってさ」

 俺が肩をすくめると、また別のヤツが心配そうに声をかけてくる。

「で、今親父さんは?」
「あ、MAJECの研究所にいるんだ」
「そっか、よかったな」
「うん、おかげさまで」

 でも、これで一件落着とはいかないよな。
 みんな、知らないんだ…・。

「で、それとこの話がいったい…」

 ほらね。
 俺もずっと知らなかったことだから、偉そうなことは言えないんだけど、先輩は知ってたってことか。さすがだな。


「この吸収合併と、智とまりが兄弟になったってのは、表裏一体じゃないか」

 先輩がえらそーに言う。
 でも、みんなは狐につままれたような顔をしていて…。


「智は、MAJECの御曹司だよ」

 …あーあ。言っちまった…・・。

 ま、大学ってところは高校と違って世界が広くなるから、黙ったままって訳にはいかなくなるよな。

 …って。
 あらら、みんな固まってるよ…・と思ったら、いきなり立ち上がって…。 

「智ー!!!」
「お前、なんで今まで黙ってたっ!」

 いきなり叫ばれて、智がびっくりして振り返った。
 あああ、もみくちゃにされてる…・。

「先輩…」

 俺が恨みがましい目を向けても、先輩はどこ吹く風…だ。

「仕方ないさ、俺の大事なまりを独り占めしようってんだ、これくらいの報復は許されるだろ?」

 あのですねー。綺麗な目でパチンとウィンクされてもねー。

「もう…、笑えない冗談、やめて下さい」

 俺がぶすくれると、先輩はとんでもない言葉を吐く。

「笑ってもらわなくっていいさ。冗談じゃないんだから」
「はぁ?」
「まり、お前さっき、『思い切って告白しろ』っていったよな?」

 …・確かに言いましたけど。

 言葉を返さずに見上げた俺の顎を、先輩は長い指でキュッとすくい上げた。

「せ、先輩…・?」 
「まり…。俺、お前のアドバイスに従うよ」
「え?」

 告白する気になったのかな?

「考えてみたら、ふられるのが怖くて…・なんて俺の性に合わないよな」

 まあ、それはそうだと思うんだけど…。

「欲しいものは手に入れる。…・今までずっとそうやってきた」

 そ、そう、その意気だと思うんだけど、どーしてそれを俺の目を見て言うわけ?

 見つめる相手が違うでしょーがっ。

「まり…俺は……・」

 だから、まりじゃねぇっつーのっ。

 …って、先輩、なんでそんなに顔を近づけ……・。

「なっおくぅぅぅぅぅぅんっ!」

 ぐえっぇぇ。

「今日はお開きだってぇぇぇ、一緒にかえろぉぉぉ」

 ひ、瞳ちゃん…頼むから、俺の首に腕回さないでくれ〜。 

 ん? 
 瞬間、蔵原先輩が舌打ちをしたような気がしたんだけれど……。






 その後、未成年の分際にもかかわらず飲んでしまったから…って、智と俺は構内にバイクを置いて、電車で帰ることにした。

 駅までは、相変わらずの集団で、居酒屋の賑わいを引きずっていて、電車に乗ってからも、敦や瞳ちゃんは途中まで同じ方向だから、当然一緒で…。

 智は、ずっと瞳ちゃんと話してる。

 なんだか、俺…変な感じ…。

 胸のあたりが…もやもやする…。


つ・づ・く

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