蜜月の33階





 手を引かれて、初めて入った室長…じゃなくて、和彦さんの部屋は、素っ気ないほどなんにもなくて、作りつけのクローゼットと本棚の他はパソコンの乗った大きなデスクとセミダブルくらいのベッドだけ。

 天井の主照明は消されていて、ベッドサイドのオレンジの灯りだけがほんのりと辺りを照らしている。

 そして、音はと言えば、エアコンが送る暖かい風の音と…あとは…僕の心臓の音、だけ。


「さすがに二人で使うには狭いな」

 室ちょ…じゃなくて、和彦さんが、そう言って小さく笑う。

 それは、ええと、その、多分このベッドのこと、だろう。

 その言葉になんと応えたものか――「そうですね」とも言えないし「そうでもないです」なんて言えるはずもないし…って、そもそもこの際ベッドの大きさ云々を気に掛けてる状態じゃないし――僕が逡巡していると、室…じゃなくて、和彦さんはサッと掛け布団を剥いで、そこへ腰かけた。


「淳」

 ベッドに座った、和彦さん…が、僕の手を取り正面に立たせ、優しい声で僕を呼ぶ。

 見上げてくる真っ黒の瞳が艶やかに光っている。

「…はい」

 返事をすると、両方の掌がギュッと握り込まれた。

「俺は、お前のことを離さないから」

 和彦…さん。

「ずっと、離さないからな。そのつもりで、ここへ、来い」

 そう言うと、僕の手を離し、両腕を大きく広げた。

 和彦さん…。


「おいで、淳。ここへ」

「和彦さんっ」


 離さないで。僕を、ずっと。

 僕は大きく広げられた腕の中へ飛び込んだ。

 和彦さんは僕の身体を受け止めてくれて、そしてその勢いのまま、後ろへ倒れ込む。

 すかさず身体がひっくり返されて、僕は全身で和彦さんの重みを受ける。

 優しく微笑む和彦さんの顔が、焦点が合わなくなるほど近づき、熱い唇が深く重なる。

 9月からこっち、それこそキスだけなら数え切れないくらいしたけれど、でも、今夜のキスは特別に熱くて…。


「……んっ…」

 息継ぎも許されないくらい深く結ばれたキスに、ほんの少し意識が飛びそうになる。

 そんな僕に気付いたのか、和彦さんは漸く力を緩めてくれて、『まだまだこれからだぞ』…なんて笑うんだ。

 それはもちろん…わかってるんだけど…。頭の中では。

 で、そうこうしてるうちになんだかとっても手際よく、和彦さんの手は僕のパジャマのボタンを外していって、僕はあっという間に裸の上半身を晒すことになってしまった。


「綺麗だな、淳」

 う。恥ずかしい…。
 だって、入社してからこっち、スポーツなんて全然やってないものだから、少ないなりにもついていたはずだった筋肉もかなりお粗末な状態で、とてもじゃないけど人目に堂々と晒せるような身体じゃないのはよくわかってる。


 そう思った僕は、思わず自分の腕で身体を隠すような仕草をしてしまったんだけど、それこそ女の子じゃあるまいし、余計に恥ずかしさが増すばかりで…。

 でも、和彦さんはそんな僕を見ても何も言わず、ただ優しく微笑んで僕から身体を離した。

 そして、パジャマを脱いでいく……って…、うわ…。


 現れた身体を見て、僕は思わず声を上げそうになった。

 …す、すごい…。和彦さんって、着やせするタイプだったんだ…。

 すらりと長い腕、しっかりとした肩幅、引き締まった胸からお腹……程良い筋肉が流れるようにその身体全体を覆っている。

 決してこれ見よがしでない、けれど、大人の男としては羨ましいばかりの身体。

 特に二の腕なんか、綺麗って言ってもいいくらいだ…。


「どうした?淳。そんなに見つめて」

「あ、あの…」

「ん?」

「室…」


 …うわっ、しまった…つい…。

 案の定、返事はない。見つめていてはくれるけれど、口を開こうとしないから…。

「あ、あのっ」

「ん?」

 期待に満ちた瞳。

「か、和彦、さんっ」

 しどろもどろの僕に、和彦さんは酷く嬉しそうな顔を見せてくれて、僕はそれだけで体温が上がってしまう。

「で?どうしたんだ?」

 抱き寄せられて、素肌が触れ合う。触った感じも気持ちいい…。

「あの、もしかして何かスポーツやってました?」

 和彦さんのそんな情報は、僕はまだなんにも知らない。

「ああ、子供の頃から剣道をな」

 …か、かっこいい…。

「けれど、大学卒業と同時にやめてしまったからな。今じゃたまに素振りをするくらいだから全然ダメになってるよ」

 そんなことないと思う。だって今でもこんなにきっちりひき絞まった身体なんだから。

 それにしても、剣道とか柔道って言われると『日本の男』って感じだよなあ。

 それに比べると、テニスってなんだか軟弱な気がしてくる…。女の子だと可愛いんだろうけど…。


「淳だって、ずっとテニスをしてきただろう?インハイに行ったと聞いたぞ」


 え。どこからそんな情報を…。

「いえ、僕の場合は運が良かっただけで…」

 そう、たまたま上の学年にこれといった選手がいなかったから、そのおかげで早くから主力選手扱いしてもらえたってだけの話だ。

 いや、そんなことより和彦さんの身体だってば。


「ほんと…すごい」

 僕は思わず呟いて、和彦さんの腕にそっと触れてみたりしてしまったんだけど…。


「随分余裕がありそうだな、淳」

「…え…」

 思わず見上げた先には、危険な笑みを浮かべた和彦さん。

 もしかして、ヤバイ…?

 そう思った瞬間、熱い手のひらでスッと胸を撫で上げられて、僕は思わず声を上げてしまった。

「ひゃあっ」

 すると、和彦さんは何故か噴き出して、笑いはじめた。

「色気のない声だなあ」

 がーん。

 いや、色気がないって言われたことにショックなのか、色気のある声を出さなきゃいけないのかも…ってことがショックなのか、よくわかんないんだけど…。

「ああ、そんな顔するなって。それも淳らしくて可愛いよ」

 大笑いを、照れたような笑いに変えて、和彦さんは僕の額に小さくキスをくれた。

 でも、そのキスは離れることがなくて…。

 額から頬、そして、少しだけ唇を掠めてから顎、喉…と小さな音を立てながら次第に降りていく。

 それだけで身体が熱くなってしまいそうなのに、和彦さんは僕の腕を掴むと、そのキスを胸へと落としてきた。

 その刺激に、女性と違ってなんの役割も果たさないはずの、ただの飾りがキュッと震える…。


 …ああ、どうしよう…。

 なんか、変な、感じ…。熱が、集まってくる…。


 今まで覚えたことのない感覚に思わず身を捩ろうとしたんだけと、掴まれている腕がびくともしなくて、僕は和彦さんにされるがまま…。



「…ふ…っ」

 熱く濡れた舌を胸先に絡められて、思わず詰めていた息が漏れた。

 すると、和彦さんは顔を上げ、少し伸び上がって僕の唇に小さくキスを落とすと両腕を解放してくれた。

 けれど、僕の腕から離れた和彦さんの手は、今度は足に……。


「あ、あのっ…」

 スルッと、パジャマのズボンをその下ごとはぎ取られて、そのまま足を開かされた感覚に、僕は慌ててその力に逆らおうとしたんだけど、和彦さんは小さく『大丈夫だから』といって、あっという間に開いた僕の足の間に身体を挟ませてしまった。

 うう…なんてかっこ…、恥ずかしい…。おまけに、いつのまにか和彦さんも……。

 僕たちの間にはもうなんにもなくて、ただ、脈打つ熱い素肌が触れてるだけ。

 でもこんなことをグルグルと思い巡らせていられたのも、ここまでだった。

 和彦さんの長い指に、すでに煽られて十分に熱くなっていた僕の一番敏感の部分が囚われると、僕はもう、なんにも考えられなくなって……。





「…あ…、はぁ……っ」

 小さく漏れる、自分のものらしき声が頭の中に響いている。

 あっという間に追いつめられて一度達してしまったあと、なんだかひんやりするものが足の間に流れて、それから僕は延々と声を上げ続けている。


 和彦さんの、思いやり。

 それは、受け入れるという行為が初めての僕を、これ以上なく労ってくれている和彦さんの慎重な『準備』。

 でも…それがこんなに恥ずかしくて、そして辛いものだとは思ってなくて…。



「ごめんな…淳、辛いか?」

 僕の内側を暴こうとしているかのような、和彦さんの指の動きは確かに辛い。
 でも、それは痛いとかじゃなくて、どちらかというと苦しいことで…。

 だから、僕は心配そうに尋ねてくる和彦さんにも首を振ってみせるんだ。
 大丈夫…って。

 だって、そろそろ僕はもう、気がつき始めている。

 この苦しさの正体…を。

 少し前までのような、『異物感』で苦しんだのとは違う、どこかもどかしさを伴ったこの感覚は、きっと、僕自身の欲望。


 和彦さんが欲しい。

 そのことに、身体が先に気がついた。





「ね…、もう……」

 僕は和彦さんに何をねだろうとしたのか。

 そんなこと、もうわからなかったけど、でも、和彦さんは僕の願いを違わずに受け止めてくれた…。


 僕を、和彦さんでいっぱいに…して。



                   ☆ .。.:*・゜



「ね…、もう……」
 
 潤んだ瞳でそうねだられ、小さく震える指先が、まるで助けを求めているかのように頬に触れた。

「…淳…」

 最初にこの気持ちを自覚したときから、どれほど耐えてきただろう。

 眠れぬ夜もあった。諦めようかと唇を噛んだこともあった。

 けれど、胸が痛くなるほど恋い焦がれた者は今、この腕の中にある。

 そして、その瞳は自分だけを捉え……。


「淳!」


 堪えていたものがいったん堰を切ってしまえば、もう理性などと言う言葉はなんの役にも立たない。

 しなやかに伸びる足を抱え込み、無意識に逃げようとする身体を押さえ込むと、そのまま一気に穿った。


「……っ!」

 予想外の衝撃に、声にならない叫びが淳の喉を突いてでる。
 
 大きくしなる、なめらかな肌。


「…淳…ごめんな…」

 途方もなく幸せで、でも、与えてしまった苦痛が可哀相で、その熱い身体の中に自身を深く差し入れたまま、和彦は淳の柔らかい髪をゆっくりと梳き上げ、露わになった白い額に唇をそっと落とす。


「…かずひこ…さ…ん」

 荒い息の下から小さな声で呼ばれ、和彦は唇を離すとその華奢な身体を抱きしめた。

 そして……。

「ありが…と…」

 囁くように告げられたその言葉に、抱きしめたまま大きく目を見開いた。







 それからはもう、無我夢中だった。滑稽なくらいに。

 この一夜で、一生忘れられないほどのものをこの身体に刻みつけてやりたいという獰猛な感情と、どこまでも大切に、慈しんでゆっくりと愛してあげたいという思いが交錯する。

 けれど、どちらにしても、走り出した身体はもう止まらなかった。

 その綺麗な瞳から涙が溢れても、それを唇で掬い上げることでしか労ってやれない。


「淳…」
「…かずひこさん」


 お互いを何度も呼び合いながら、繋がった部分から溶けて一つになってしまいそうなほど、我を忘れて………。



                   ☆ .。.:*・゜



「先に言われてしまったな…」

 うっすらと疲労の色を乗せて、それでも穏やかな表情で眠りに落ちていく淳の髪をゆっくりと梳きながら、和彦は小さく呟く。


「淳…ありがとう…」


 その言葉に、淳が微笑んだような気がした。


「Good night…, my sweetheart」


 その胸に、誰よりも愛おしい存在をしっかりと抱き直し、和彦もまた、深い眠りへと落ちていった。


☆ .。.:*・゜
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いやあ〜、当サイト初の「25禁」を目指したんですが、敢えなく惨敗です。
 すみません。「13禁」で(笑)

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冒頭で室長の私室の中は『素っ気ないほど何もない』と書きましたが、
やっぱり「クール」が売りの和彦さんにはお似合いの部屋ですよね。

だって、手を引かれた淳くんがドキドキしながら部屋に入って、そこに…。
「赤い彗☆」のモ◎ルスーツとか並んでたらイヤですもんねえ(笑)

話が弾んでえっちどころじゃなくなったりして。

そうそう。6年くらい前の話なんですが、
とある有名な演奏家さん(♂)のお宅へ伺ったことがありまして。
その時、通されたレッスン室で私はとんでもないものを見てしまいました。

先生が出演された数多くのビデオと一緒に、
『機◎戦士ガ※ダム』のビデオが壁一面に並んでいたのを……。


以上、おまけアホ話でした(^^ゞ