大学生編 第1回 まりちゃんの入学式

後編

 今日は文系の学部の入学式で、式後は各学部に別れてのオリエンテーションだ。

 入学式は学部ごとにさえ別れていれば、どの席に座ってもよかったから、俺と智は当然隣同士に座っていて、しかも反対側にはちゃっかり敦が座っていたりしたんだけど…、学部ごとのオリエンテーションでは、大講義室にしっかりと名前が貼ってあって…。

 大学っていうところはだいたいそうだと思うんだけど、学籍番号は「ABC」順に並んでる。

 俺の名前は未だに『熱田直』。

 相変わらず智とおとうさんの間では俺の籍取り合戦が繰り広げられていて、結局大学入学に間に合わなかったんだ。

 だから、俺の席は前の方。智の席は後ろの方。

 ま、どのみち同じ教室にいるんだから…と思って指定の席に座ると、隣は可愛いくてちっこい女の子だった。

「初めましてぇ〜」

 ちょっと…ううん、かなり茶色い髪の毛にバシバシの睫。そんなに化粧をしている様子はないんだけど、元の作りが派手なのか、やたらと目立つ。

「あ、初めまして」
「私ぃ、麻野瞳(あさの・ひとみ)っていうの〜。瞳って呼んでいいよぉ〜」

 …どうしてそんなに語尾が伸びるんだよ…?

「俺、熱田直」
「なおくんだぁぁ〜」

 そ、そうだけど…。

 しかし、最近の女の子ってこんなのが主流なのかっ?!
 俺、中高6年間を男子校っていう檻の中で過ごしてきたから、もしかして世間に取り残されてるとか…。 

「えへ〜、直くん可愛い〜。瞳、気に入っちゃった〜。ね〜ね〜、つき合おうよ〜」

 はぃぃぃぃ〜?

「つ、つき合うって…」
「それとも誰かつき合ってる子いるとか〜」

 そ、そうだ。いるんだった…。

「あのさ、俺、好きな人いるから」

 そう、とんでもなくやきもち焼きで、お仕置き大好きな困ったちゃんが…。

「もしかして」
 もしかして…?
「この指輪って彼女とお揃い〜?」

 いきなり右手を掴まれた。
 ひえ〜。

「そ、そう、お揃いっ!」

 だからその手を離してくれ〜〜〜。

「ふぅん…」

 やれやれ、諦めてくれたか…。

「あのね、瞳はこう見えても一途な性格してるわけ〜」

 は?

「瞳、マジで直くんに一目惚れしちゃったからぁ、これからもがんばろうって思うわけ〜」

 な、なにを…。

「だから〜、これからもよろしくなのぉ〜」

 そう言って彼女は俺に…。
 ぎえぇぇぇぇぇ!

 抱きつかれた俺が、思わず階段状になった大講義室の上の方の席に目を泳がせると…。

 そこには智の…何とも言えない表情が…。

「た、頼むから、離してっ、ね、ね、落ち着いてっ」

 頼むよ〜、うちのダンナは嫉妬深いんだ〜。
 俺、今夜寝かせてもらえないよぉぉ〜。

 結局彼女の暴挙は、10分も遅れて入ってきた『経営学部長』っていうお偉い教授の登場でやっと納まった。

 大講義室の最前列で、いきなり『不純異性交遊』ととられそうな行為をしていたことになんのお咎めもなかったのは、どうやら彼女が『入試ダントツTOP』の秀才だったかららしい…。
 人って見かけによらない…。




 本日の予定をすべて終え、俺が逃げるように席を立って智のところへ行くと、敦までがニヤニヤと寄ってきた。

「まり〜、モテモテだったじゃん」
「ばかやろっ。そんなんじゃねぇっ!」
「モテてるように見えたけど」

 ひ…。智くん、声が冷たい…。

「だから、あれは向こうが勝手に…っ」

 俺が一生懸命弁解しようとしたとき…。

「直くぅ〜ん、瞳と一緒にかえろ〜よぉぉ」

 ひ〜!!でたっ!

「へー、瞳ちゃんっていうんだ」

 敦がナンパモードで話しかける。

「うん、麻野瞳ってゆ〜の〜。よろしくね〜」
「俺、本間敦ってんだ」
「敦くんだ〜。…で、彼はぁ?」

 瞳ちゃんは智の方へ顔を向けた。

「俺、前田智雪。よろしくね」

 う。智のヤツ、なに考えてんだ…。笑顔を全開にしてやがる…。

「智雪くんね〜。仲良くしてね〜」
「こちらこそ、よろしくね」

 と、智…。
 その、妙に人当たりのいい笑顔が怖いんだけど…。

「で、2人とも直くんのお友達〜?」
「そう、俺たち中高6年間のダチなんだ」

 敦がそう説明すると、瞳ちゃんは『ふぅん』といった。

「もしかして付属から来たの〜?」
「そう」
「きゃ〜、瞳、らっきー!付属の男の子ってかっこいい子が多いって評判だけど、ほんとだね〜」

 か、かっこいい…?

「智雪くんも敦くんも直くんも、ちょーかっこいい〜。瞳、幸せ〜」

 お、俺も…?

 可愛いといわれ続けて18年…。
 生まれて初めてかっこいいと言われた俺は、そのまま瞳ちゃんについていこうかと思うくらい感動しちゃったんだけど…。

「ねーねー、直くぅん。一緒にかえろ〜よ〜」
「ごめんね、瞳ちゃん。直、これから俺と約束があるんだ」

 智が相変わらずの笑顔のままでやんわりと断りを入れる。

「あ、そうなんだ〜。う〜ん、残念〜」
「ごめんね」

 俺も思わず謝ってしまう。

「いいよ〜。明日もまた会えるから〜」

 そう言って瞳ちゃんは「よっこいしょ」と鞄を担ぎ、にこっと笑った。

「じゃあ〜また明日ね〜。智雪くん、敦くん、直くん」
「うん、また明日」

 3人揃ってそう言うと、瞳ちゃんは爆弾発言を一発落として帰っていった…。






「それで…?彼女はなんて?」

 ハンドルを握ったまま、長岡さんはクスクスと笑いが止まらない。

 時間通りに迎えに来てくれた長岡さんが『大学生活第1日目はいかがでしたか?』って聞いてくれたのを受けて、智が今日の『瞳ちゃん騒ぎ』を喋ってしまったんだ。

「なおく〜ん、愛してるぅぅぅ」

 智が、瞳ちゃんの口調でいう。

 長岡さんには大ウケだったけど、俺は思わず呟いた。

「気持ち悪ぃ…」
 呟いた俺の頭を、智が小突く。

「だいたい、直はスキだらけなんだ」
「なんだよっ、それ」
「ボケッとしてるから、女の子にまで付け入られちゃってさ」

『まで』とはなんだっ、『まで』とはっ!

「俺、男になんか付け入られた覚えはないぞっ。ま、お前は別だけどな、智」

 そう言うと、智はおもしろいくらい言葉を詰まらせた。へへっ、可愛いヤツ。
 それにしても、智くん、もしかして拗ねてる…?

「智雪さん、明日から大変ですね」

 う〜、長岡さん〜、煽らないで〜。

「直のお守りは慣れてますから」

 おいっ、なんだその言いぐさはっ!






 その夜、俺たちはささやかな入学祝いをした。
 ホテルのレストランの一室で、俺の両親、智のおとうさん、そして長岡さん…。

 6人でのディナーの予定だったんだけど、食事が終わった頃に、遅れて第1秘書の小倉さんが駆けつけてきてくれたんだ。

 俺は全然知らなかったコトなんだけど、小倉さんと長岡さんは、おとうさんが留守がちで一人っきりだった智のことをいつも気に掛けてくれた、家族も同然の人たちだったんだ。

「遅くなりまして申しわけありません」  

 たぶん英国製だろうスーツをビシッと決めて現れた小倉さんは、身長182cm。

 智とどっこいなんだけど、広い肩幅と言い厚い胸板と言い…、その大人の魅力には、さすがの智も遠く及ばない。

 実は智が尊敬しているのは、おとうさんではなくてこの小倉さんだってことも俺は知ってる。

 でも、きっとおとうさんのことも尊敬してるとは思うんだけどね。
 だって『変態』って言うこと以外は、おとうさんも素敵な大人だから。

 小倉さんは、俺と智に『入学おめでとう』って言ってくれて、そのあと俺の両親(今、俺の親父はMAJECの研究所の所長をしてる)に挨拶して、用意された席に着いた。

「やあ、まりちゃん、スーツもよく似合うね」 
「ホントですか!?」

 うーん、小倉さんほどの男前に言ってもらえるなんて、俺、泣いちゃう。  

「七五三みたいで可愛いよ」

 はあ?
 横では智と長岡さんが『あっちゃ〜』って顔をしている。 
 もしかして…二人ともそう思っていたわけ…?

 俺が二人を睨みつけると、智のおとうさんが嬉しそうに言った。

「七五三か…。そういわれてみれば、まりちゃんは金太郎の赤い腹掛けなんかも似合いそうだね」

 なっ…。

 固まってしまった俺の横から、お袋がコロコロと笑い声を上げる。

「2才頃まで、ピンク黄色の腹掛けをさせてたんですが、もう、それは可愛かったんですの」

 すると、負けじと俺の親父までが口を挟む。

「真夏なんか、おむつに腹掛けだけ着せてたなぁ。背中はすっぽんぽんのままでハイハイしてくるところがたまらなかったねぇ」

「おおっ、その頃の写真があったらぜひっ」
 お、おとうさんっ!

「あ、僕にも下さいっ」
 ともっ!!

「私にもぜひ」
 な、長岡さん…?

「私はできればピンクの腹掛けの方の写真があれば…」
 お…おぐら…さん…まで…。

「なんだ、和彦はショタコンだったのか?」

 おとうさんの発言で大笑いする6人…。 

 あ…あんたたち〜。
 おれ…卒業しても絶対『MAJEC』になんか入らねーぞ…。

 
    ☆.。.:*・゜☆ .。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜ 



「智雪、これ以上引き延ばすわけにはいかないのはわかってるだろう」

「横暴です。少なくとも俺が20才になるまではどうしようもないことがわかってるくせに、急がせるだなんて」

「私はな、今お前が20才だとしても、直くんの籍をお前の方に入れることには反対するよ」

「え?どういうことです」

 智雪は、父親が直の入籍に横やりを入れるのは、自分がまだ20才になっていないことにつけ込んでいるのだと思いこんでいる。
 民法では、養子縁組の『親』は成人していなければならないから。

「仕方がない…。いつか気付くかと思っていたんだが、お前もたいがいに直くんのことになると周りが見えなくなるからな」

 あんたに言われたくないよ、と智雪は心中で呟く。
 第一、 普段は『まりちゃん、まりちゃん』とデレデレの顔で呼んでいるくせに、こう言うときだけわざとらしく『直くん』なんて呼ぶところがすでに胡散臭い。

「私がいなくなったときのことを、お前は考えたことがあるか?」

 いつになくまじめな顔を作った父親に、智雪は不審そうな顔を向ける。

「父さんがいなくなったとき…?」
「そうだ。私になにかあれば、私の所有するものはすべて、一人息子のお前のものになる。その時、直くんがお前の籍にいたとすると…」

 父親が言葉を切って、智雪を見つめた。

「直くんの立場はお前と対等ではないだろう?直くんの立場は、お前が生きている間は、ずっとお前の下だ」
「父さん…」
「だが、お前と直くんは同い年だ。…私の言いたいことが…わかるな。智雪」
「直に…」
「私は、2人の息子に『MAJEC』を託したいんだ」

 智雪は黙って父親の顔をジッと見た。
 こんな風に正面切って見つめたのは初めてかも知れない。

「お前には悪いがな、直くんが『MAJEC』を継ぐために必要なのは『前田春之の息子』と言う肩書きなんだ。これは、お前が20才になったところで解決する問題じゃあない」

 智雪は大きく一つ、息をついた。
 そんなことを考えていたなんて。
 悔しいが、完敗だった。

「わかりました…。直のためなら…、仕方ありません」
「物わかりのいい息子をもって幸せだよ、私は」

 春之氏はポンポンと息子の肩を叩いて出ていった。
 きっと明日にでも養子縁組の手続きをとるのだろう。

 智雪は一度だけ、大きく頭を振って、直の待つ部屋へと戻っていった。

     ☆.。.:*・゜☆ .。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜ 
 

 小倉さんが俺の両親を車で送っていき、レストランの部屋では俺と長岡さんが話しをして智を待っていた。

「決着はついたようですね」

 戻ってきた智に長岡さんが言ったセリフで、俺は智とおとうさんが何の話をしていたのか察した。

「はい。完敗です」

 完敗…?ってことは、俺は智の籍じゃなくて、おとうさんの籍に入ることになったんだろうか?

「そうではないですよ、智雪さん」

 穏やかにそう言った長岡さんを、智がジッと見つめた。

「これであなた方は対等にスタートが切れるんですから」

 長岡さんは、俺の手と智の手を取ってそっと重ねた。
 右手同士の指輪が微かに触れて、小さく音がした。

「どちらがどちらのものでもなく、ずっと並んで生きていくパートナーであって欲しいと、会長は願っておられるんですから」

 その言葉に、俺はなんだかちょっとウルッときて、智の顔を見上げた。
 智も優しい微笑みで俺を見おろしていて…。

「そうそう、会長からまりちゃんにお預かりしているものが…」

 長岡さんが、そういってごそごそと箱をとりだした。

「先日、出張先のフランスで特注されてたものなんですが、風呂上がりに着るのが一番いいとかなんとか…」

 風呂上がり?なんだそりゃ。
 俺は差し出された箱のリボンを解く。

「バスローブかなんかでしょうかねぇ」
 長岡さんが覗き込んでくる。

 蓋を開けるとそこには…。

「真っ白…」
 長岡さんが見た通りを呟いた。

「レースのフリフリ…」
 智の声が不審げに、その物体の形状を伝える。

「これって…」
 ピラッとその薄い布を持ち上げてみれば…。
 こここ、これは世間で言うところの…。

「ネグリジェ…」

 呟いたのは長岡さん。
 見ると、俺以上に赤い顔で…。

「長岡さん…今、直が着てるところ想像したでしょう…?」

 智が低い声で詰め寄る。

「…え?…い、いやっ、そんなっ、とんでもないっ!まりちゃんに似合いそうだなぁなんて、そんなこと…」
「やっぱり!」

 信じらんないぃぃ…。

「長岡さんっ!これあげるから持って帰って!」

 俺は箱ごと長岡さんに押しつけた。

「は?はいぃぃぃ?」
「直っ!何言ってんだ。せっっかくあのエロバカたぬきオヤジがくれたんだから、ありがたくもらって帰ろう」

 なに〜?

「さ、早く帰ろっ!」

 いやだーーーーーーーーーーーー!
 帰りたくないーーーーーーーーーーーーー!!

「今度は金太郎の腹掛けかもしれませんねぇぇ」

 長岡さんがポツっと漏らした言葉に、俺は完璧に固まった…。

「今度の出張どこでしたっけ?」

 智が俺の首根っこを掴んだままで言う。

「タイとベトナムへ行って、そのあとそのまま東ヨーロッパですね」
「タイシルク…かな…」
「ですね」


 その頃俺は、すでに目を回していた…。

お・わ・り

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おまけ「まりちゃん、入学式の夜」

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